岡山大学名誉教授の山下先生のページ(抜粋)

日本で治療した銀の詰めもの(アマルガム充填)や金冠の平均使用年数は約7年と大変短いのです(森田ほか、1995)。
その理由の第1に、日本ではムシ歯や歯周病(歯槽膿漏)という病気の結果に対して治療(修繕)を行うだけで
病気の原因を取り除く予防にはあまり力を入れていません
第2に、健康な歯の神経を取ってたくさん歯を削って治療することなどがあげられます。
(図1)は年齢別に治療しない健全歯と金冠の歯を失う率を調べた結果です(小林ほか、1993)。
歯科医が金冠を被せた歯より、何もしなかった歯の方が喪失歯率が低いという
誠にショッキングで、歯科医にとって不名誉な内容です。
金冠を被せた歯を抜かねばならなくなった原因は、
ムシ歯の
再発が1番多く、次いで根の先のおでき(根尖病巣)、歯の根の破折でした。
歯科医院で治療を受ける理由を調べた報告では、
71.0%がムシ歯の再発と詰め物や金冠の外れであると報告されています(豊島ほか、1993)。
これらのことは歯科医にかかればかかる程、歯が駄目になってしまうことを物語っています。


 あなたはムシ歯を削って詰めて(充填)貰いました。ムシ歯の予防法は何も教えてもらえず治療は終わりました。
歯科医は、「もし何か問題が起これば来て下さい」と言いました。
 「病気の原因に対応せずに病気の結果であるムシ歯の穴を詰めたり、被せたりすること(修繕)が
歯科医の仕事」と思っている歯科医であれば、
歯科医は収入に繋がりますが、
あなたはムシ歯が再発するだけで何の利益も得られません。

再治療のたびに修繕する箇所は大きくなり、再治療はやがて歯の神経を取らなくてはならなくなり、
先述のように、その歯は根尖病巣、歯根破折、抜歯という運命を辿ります。
同じ歯を5回治療すれば歯の傷は大きくなりその歯は抜かなくてはならなくなると言われます(sheiham,1994)。
あなたは歯科医院にかかり続け、保険ではできない
高価な金の詰めものや自然の歯と変わらない
瀬戸物の歯をしてもらったにもかかわらず、治療した歯が次々と駄目になり抜歯する歯が増えていきます。


あなたは歯の治療で、歯の神経をとられたことがありませんか?
歯の神経を取ってしまえば痛くなく治療は終わります。
しかし、神経をとった歯は十分な予防処置をしないと時間が経つにつれていろいろなトラブルが起ります。

例えば、治療した「詰め物」や被せた「金冠」に再びムシ歯が起っても、
神経が無いので痛みのサインはなく、二度目のムシ歯がどんどん広がっていきます。
また、神経がない歯の根の先には高い率で「おでき(根尖病巣)」ができます。(図1)
さらに、歯の弾性が次第になくなって脆くなり、普通に噛む力で歯の根が割れて抜かねばならなくなったりします。(図2)
 このように歯の神経を取ると、あなたは何の利益も受けないばかりか、
次々とトラブルが起き再治療に無駄な時間とお金を費やし、
やがて自分の歯のように噛めない「取り外しの入れ歯」になり
生活の質(Quality of Life)はさがってしまいます。

医師・疾病中心の歯科医療から患者中心の歯科医療へ
医療技術は日進月歩と言われるのにどうしてこのようなことが起るのでしょうか。
根本的な問題として20世紀の医療は
「医師/疾患中心(Doctor/Disease Oriented System, DOS)」で進められてきたことがあげられます。
すなわち、患者の利益はあまり考えられずに医者の判断と能力に基づいて選択した医療を
患者に施してあげるという患者の意志を無視した
「医師のための医療行為(医者のパターナリズム)」で進められてきたのです。
日本の医療は先進諸外国より遅れること30年、未だに医師/疾患中心(DOS)で進められています。
日本の医療保険制度は、
歯の神経を残せる場合でも神経を取った方が取らない治療の10倍近い保険点数(収入)があるのです。
歯の神経を取った場合のメリットとデメリットの十分な説明のないないまま進められる医療行為は、
患者不在の医師/疾患中心の医療(DOS)そのものなのです。
これに対し新しい医療概念である「患者中心(Patient/Problem Oriented System, POS)の医療」は、
患者の利益を最優先し、少なくとも将来に渡って患者に害を与えないように努力する医療なのです。

医療従事者は、新世紀こそ患者さんの利益に焦点を当てた、患者さん中心の歯科医療を行う努力をすべきです。
患者中心の医療(POS)は、30年前にアメリカの内科医Weedによって提唱されました(Weed、1969)。
これまでの医師や病気を中心にした医療(DOS)に対し、
患者中心の医療 (POS)は、生活の質(QOL)が重視され、
患者の自主性、自己決定権、不可侵権、守秘権が尊重され、インフォームドコンセントが強調されます。
DOSを外科手術に例えると、「医師が除去手術に長け、この方法が最善であると信じていれば
患者は否応無しに医師に従わねばならないことになります。
POSでは、外科手術以外に複数の治療内容のメリット、デメリットを科学的根拠に基づいて説明し、
かつ患者が理解し、患者が治療法を選択したことを確認して治療が始まる
のです。

日本歯科医師会では「8020」運動すなわち、
「80才になっても自分の歯を20本持って生活の質を高めましょう」と提案しています。
しかし、現実には「8008」程度なのです(図1)。
先述のようにムシ歯の成り立ちや予防法が解明されているにもかかわらず、
加齢とともに歯が無くなり「8008」に留まっている原因の1つに保険医療制度の問題があります。
日本の公的医療保険制度は昭和36年に
「健康と医療の社会的恩恵を平等に与える」とするドイツの保険を模範にして
公的価格による出来高払いの国民皆保険制度が始まりました。
以来、細部に関しては改変されたものの基本理念は変わっていません。
給付内容は病気が起きたものに対して出来高払いでお金が給付され、
病気の予防には殆ど給付されません。

  (図1)
 

  日本の保険医療制度は疾病保険
日本の公的医療保険制度では経済的意図から科学的予防処置が普及しません。
すなわち、現行の保険医療制度は「歯を削ってなんぼ(幾ら)」すなわち、
病気に対する医療行為でないとお金が支払われない疾病保険
なのです

ムシ歯や歯周病の予防行為には少ないお金しか支払われないのです。
「歯を残してなんぼ(幾ら)」という予防保険制度ではないのです。
つい最近までムシ歯を早く見つけて早く治療(早期発見、早期治療)すると言う考えを歯科医自身が持っていました。
予防が大切だと分かっていても、現行の保険医療制度では予防に対して十分な報酬が支払われないために、
患者のためにならないと分かっていても収入に繋がる「詰めたり被せたりの治療(修繕)」をしてしまうのです。
この公的保険制度では、医療機関同士が競争する必要がなく、
時代に合った対応、改革を医療機関に促すインテンシブに欠け、医療供給側の機能分化が遅れます。
その結果として過剰診療が日常化し「質」より「量」の二流医療になってしまっているのです。

イギリスの医療制度
 イギリスでは1984年に歯科治療に関する政府諮問委員会ができ
「不必要な歯科治療がないか」、「それを防ぐ方法」、「適切な法的改正案」、
「それに要する費用」の3つが検討されて2年後には
 1. 不必要な詰め物がある
 2. 健康な歯を削り過ぎている
 3. 頻繁な再治療

 の3つが指摘され「教育内容の改革」、「診査および治療基準の変更」、「診療報酬の根本的改変」が行われました。
 その結果、50歳代の平均喪失歯数が14.5本であったのが9.5本に減りました。
50才代の歯のない人が41%であったのが15%に改善されました。

ドイツの医療制度
 また、日本がお手本にしたドイツの歯科医療保険制度は、
1977年まで詰めたり被せたりする治療の給付率が80%でした。
その時の12才児のムシ歯罹患率は6.2本と多かった
のですが、
1989年に治療の給付率を50%に下げたところ、ムシ歯罹患率が2.5本に改善されました。
このように「健康と医療の社会的恩恵を平等に与える」を基本理念にして始まった
ドイツの保険医療の理念は1980年代になって『疾病の自己責任と保険側の責任の区別を明確にする』とし
「医療の臨床的効果」と「経済的効率の改善」に役立てたのです。

アメリカの医療制度
 アメリカには公的保険制度はなく民間の保険制度でまかなわれています。
ここで日本とアメリカの歯科医療の違いを見てみましょう。
近年日本は歯科医の数が多いと言われますが
国民10万人対して日本の歯科医は66人、アメリカは61人とそう大きな開きはありません。
しかし、年間の歯科受診率は日本が41.1%に対し、アメリカは69.0%と大差があります。
日本の41.1%の受診内容は、問題が生じた時だけすなわち、歯が痛む時だけ歯科医にかかるの対し、
アメリカでは歯が痛む時だけの治療は12.0%と少なく、69.0%が
ムシ歯になると治療費が高いので、
将来ムシ歯にならないようにするために(将来の自己負担を少なくするために)
歯科の健康診査すなわち、
定期検診と口腔衛生指導を受ける
のです
アメリカにおける「6歳から18歳」の児童・青少年における未処置のムシ歯数は
第1回調査(1971年4月−1974年6月期/NHANES)では1.43本でしたが、
第3回調査(1988年10月−1994年10月期/NHANESIII)では0.33本へと激減しました。
このようにアメリカの歯科医療は「治療」から「予防」へと確実にシフトしている事が明白です(米国歯科医師会雑誌、1999)。
 
  日米における医療の差
日本では公的医療保険のために低い自己負担で問題が生じた時だけ歯科医にかかりますが、
歯は詰めたり削って被せたりする人的介入が多ければ多い程歯を失うことに繋がります。
その時は健康保険で安く治療出来たと思っても結果的には歯を失うことになり、生活の質は低くなり、
肉体的、精神的、経済的にトータルとして高いものについてしまうのです


有名な R. Beach先生は
「医療は人体に加える侵襲的な介入をできるだけ少なくし、生体保全を目的とした医療行為であるべき」とされました。
すなわち、人的介入がない健康な状態をゼロとし、健康が損なわれた状態で最大の人的介入のある場合をマイナス1としました。
このゼロの概念は歯科のみならず医科にも通ずることから1985年にWHOによって承認され広く知られるようになりました(図1)。
 このゼロの概念を歯科に当てはめると次のようになります。
歯茎から出ている歯の表面はエナメル質(琺瑯質)といって人間の身体の中で一番硬く殆ど水が含まれていません。
このエナメル質だけのムシ歯であれば「歯と接着する材料で詰めて継続管理」をすればムシ歯の再発を殆ど防ぐことが出来ます。
エナメル質で被われた歯の中は象牙質と言って水を多く含んだ柔らかい歯なのです。
金冠を被せるために歯をどんどん削って象牙質を出してしまうと
先述した歯の神経を取らないといけないことが起きてきますし、
神経を取らなくても金冠と象牙質のつなぎ目はエナメル質とのつなぎ目程強くないため
隙間からムシ歯菌が入り込みムシ歯が再発します。

ムシ歯はできるだけ歯を削らないで詰めてもらうことが大切です。